Takahiro Izutani

2012年8月

プラグインレビュー#1

プラグインとはなんぞや?という方も多いと思うので簡単に説明すると、自分の様なコンポーザー、アレンジャーが制作に使うホストアプリ(Digital Audio Workstationの略でDAWとも呼ばれます)の内部で動作するサードパーティ製の別ソフトの事で、このプラグインの種類の選択や音加工のセンス次第でクリエイターの個性が大きく左右されるという程のものであります。また膨大な数のディベロッパーと製品が存在する事で一種のコレクター的感覚で集めまくってしまう罠に陥りやすいものでもあります。
色々とスター級の有名なプラグインも多々あるのですが、そういったものはサウンド&レコーディングマガジンなどで優秀なレビュワーの方々が紹介されていますので、このブログではあまり日が当たらず地味ながらもこれは!と思ったものをちょこちょこと紹介していこうかと思います。まあほとんど同業者のかた向けの世間話になってしまいますが・・・

Cableguys VolumeShaper
Ableton Liveでは個別のオーディオサンプルに対して直接ヴォリューム情報を書き込めますが、こちらではオーディオインストの発音から読み込んだ波形をプラグインのブラウザに表示させて操作できます。この事によってわざわざ一度オーディオ化しなくても波形を見てボリュームを書き込めるので簡単により複雑な動きのビートが作れます。
例えば任意にプログラムしたビートに対してアタックが早くスレッショルドがきつめのコンプをかけておいて、さらにこのVolumeShaperでコンプのリリースで音が戻ってくる時のカーブを極端に書いてみたり、さらに二段がけしてミュート、フェードイン、トレモロなどのエフェクトをかけたりとアイデア次第で色々と変態的な効果が作れます。普通にコンプのサイドチェインでキックをぶつけてダッキングするよりもカーブを直接かけることでグルーブをコントロールしやすいという利点もあります。最近のダンスミュージックだと特に不自然なくらい極端なダッキングや、パッドシンセに対して書くボリュームのカーブをリズミックに動かす事でグルーブを作るようなテクニックが多いので、そういった効果を作りたい時にすごく便利に使えて楽しいです。

Dada Life Sausage Fattener
これは普通のディストーションのプラグインともアンプシミュレーターともWavesのLシリーズのリミッターとも違う感じでぶっとく歪ませられるプラグインです。主にベースやリズム系に使う事が多いですが、かなり音圧が稼げるので曲によってはマスターに挿してもいけますw
いわゆる歪み成分が加算されていく感じではなく、まさにブラウザのビミョ〜に卑猥っぽいソーセージのイラストの様にエネルギーがはちきれんばかりの感じに歪んでいくのであまり耳に痛い感じにならないところが良いです。 さらに二段挿しや三段挿しにすると変なノイズ成分が持ち上がってくるのでそれもまた音楽的においしく使えます。これでSkrillexJusticeみたいなバッキバキのブッリブリのトラックも簡単に作れますねw


ダークナイトの音楽

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先日IMAX109シネマズにかねてから楽しみにしていたダークナイト・ライジングを見に行ってきました。
このシリーズは映画としての完成度はもとより前作において革命的な音響手法を用いた映画音楽が作られた事で多方面の音楽制作者から大注目されています。



前作ダークナイトのサントラの一曲目「Why So Serious」です。素材としてオーケストラ楽器を基本にはしていますが、それらは断片としてブツ切りにされてミニマリスティックな楽曲の要素として再構成されています。
特に自分にとって衝撃的だったのはエレキベースかと思われる音のグリスアップのあと3.:27からの部分。ここはヘッドフォンで聴いてたりするといまいち地味でよくわからないんですが、ほとんど可聴帯域以下の低音だけが鳴っており自分が最初に聴いた時には自宅スタジオのモニターでかなりの爆音で聴いてたので突然この部分がカットインした瞬間になにか天変地異でも起こったかのように部屋が地響きたてて震えだしたのです。
この手の極端なフィルタリングを使ったブレイクは昨今のダブステップなどにはよく聞かれますがオケ系の映画音楽でここまで大胆に使われたのは初めてではないかと思います。
自分はここ10年くらいの映画音楽は割りとチェックしていまして、ダークナイトより数年前にオーケストラ楽器でのミニマル・ミュージックを取り入れた映画でレクイエム・フォー・ドリームという名作がありました。
クロノス・カルテットが演奏する悲壮感をまといつつ淡々とした楽曲はストーリー展開やシーンとの音との合わせ方という点でこの作品はダークナイトととても近いです。ひょっとしてハンス・ジマーはレクイエム~から多少のヒントを得てるんじゃないかと勝手に思ってます。
ですがこの「Why So Serious」はもう楽曲単体として革命的で、それ以前にはなかった音楽です。なんでも楽曲のキューシートには作曲者のハンス・ジマー、ジェームス・ニュートン・ハワードの他に3人のサウンド・デザイナーの名前が記されているそうで、セッションの中でどんなエディットが行われたのか非常に興味深いです。

そんな前置きもあって見に行ったダークナイト・ライジングですが、実際に映画を見る前にサントラで音だけは聴いており、今回は前作ほどの衝撃的な音楽ではなくダークアンビエント的な重厚さを持ちながらも割りと正統的な音楽という印象を受けていました。
が、実際に映画を見るとサントラで聴いた時の印象とは大きく異なる迫力があり、映画の世界観に引きずり込まれます。前作と比べて特に進化しているのは映像、効果音と楽曲がひとつの世界観を作るべく同化してるところです。
特にクライマックス近辺でのカーチェイスのシークエンスではジェット音とエンジン音と音楽が相乗効果的に鳴り響き、まさにジェットコースター状態の迫力です。本当に楽曲と効果音の境目がわからず、ただただ音の坩堝に巻き込まれるような感覚になるのです。
あとで調べてみたエンジニアのAlan Meyersonへのインタビューによると本編全体で4000にも及ぶトラックを使っていて、例えばあるシーンのオーケストラで40トラック、別録りしたパーカッションで20トラックなど大小のグループがたくさんあり、それらと、これまた複数のSEのグループを同列にMAでミックスしていき、長大な一つの楽曲として構築していったとのことです。それが5.1ch分ということなら4000トラックも頷けますね。
一昨年アカデミー作曲賞を受賞したソーシャル・ネットワークという映画ではトレント・レズナーはデジタルノイズと電子音が交錯する楽曲でサイバー空間での交流のシーンを表現していましたが、映画の中ではどうにも安っぽくなってしまい浮いてるように感じました。
音楽のスタイルとしては正統的なオーガニックサウンドを中心にしながらも、より映像や効果音と同化するべく膨大な労力と高度なテクニックを駆使するという方向性は自分にはより先進的に思えます。

SoundWorks Collection - The Sound and Music of The Dark Knight Rises from Michael Coleman on Vimeo.


それとハンス・ジマーは自分が唯一使用しているヴァーチャルシンセ。いわゆるコンピュータのソフトシンセとしてu-heのZebra2をあげているのですが、最近u-heからダークナイトシリーズのためにジマーとサウンドデザイナーのHaward Scarrが作った音全てを含んだプリセットライブラリーとしてThe Dark Zebraがリリースされてます。
Zebraは何を隠そう自分も相当な高頻度で以前から制作に使っております。数年前ですが、Blassreiterというアニメ作品に提供した「Blood Infection」という楽曲ではほとんどの構成音をZebraで作りました。このタイプのソフトシンセはほぼ無制限にエンベロープが書けることで細かい音の揺れや動き、スピード感が出せることが魅力です。



追記
上記で引用してるレクイエム・フォー・ドリームですが作曲者のクリント・マンセルはなんと元Pop will eat itselfのボーカリストでした。もう今や知らない人の方が多いと思いますが、90年代初頭に活躍したデジロックの先駆けで、歌詞の内容や悪ふざけのタイトルのせいでおバカなイメージでとらえられてたバンドです。最近の作品ではブラック・スワンを手がけてますね。何があるかわからんもんです。